これは暴力事件の発生によるストレスが、睡眠不足やコルチゾール(ストレスホルモン)増加を促し、結果的に健康リスクへつながっているのだという。暴力事件の多発地域の住民は安全な地域の住民と比べ、喘息や肥満、高血圧、テロメアの短縮など、心血管リスクが高くなっていることがしられている。

ストレスをうまくかわし対処する力・レジリエンスの機能は、個人差が大きい

ストレスのせいで体調を崩すというのは、想像に難くない話だ。だが実のところ、同じストレス要因にさらされたとしても、身体が受ける影響には大きな個人差がある。たとえばSternthalら(2010)の疫学研究では、暴力事件の多いコミュニティに属す若者は、そうでない若者より2倍、喘息を発症するとされる。しかし暴力的なコミュニティに属す若者の中で見ると、喘息を発症するのは25%であり(それでも、普通のコミュニティと比べれば大きな割合だが)、75%は暴力の中でさえ健康を保っている。この75%の若者たちが持つ、ストレスに晒されながらもうまく身体・精神的健康を保つ(適応する)はたらきを、「レジリエンス(resilience : 回復力、弾力、しなやかさを意味する語)」と呼ぶ。なお、レジリエンス自体は個人内要因(性格や向き合い方など)から社会的要因(コミュニティのサポートなど)まで広く指す用語だが、この記事では個人内のレジリエンスについて扱うこととする。
さて、ストレス耐性に個人差があるというのは日常的にはよく分かる話だが、長らくこのレジリエンスの生理学的根拠は明らかでなかった。今回は、レジリエンスに深く関わっている脳機能を、脳画像研究と地域研究の合わせ技から明らかにした研究を紹介する。

「実行機能」と呼ばれる脳機能を司る部位での「安静時機能的結合」が、レジリエンスと関わっている

レジリエンスは、脳の「安静時機能的結合(resting-state Functional Connectivity: rsFC)」に関わっていると考えられている。安静時機能的結合とは、人が特に何も刺激を受けていない時に生じている、自発的脳活動のネットワークを指す。いわば、脳状態の「初期値」のようなこのネットワークについてはまだ不明な点が多いが、日々の暮らしで少しずつ変化しながら、個人ごとに違ったネットワークを形作っていると考えられている。この中でも特に、自己制御を司る前頭葉〜頭頂葉の中央実行機能系(Central Exective Network: CEN)が、外界のストレスをうまくかわして、身体が過敏にストレスへ反応しないように抑制しているのではないか、と考えられていた。

前頭葉の実行機能回路がストレス耐性を高め、心疾患のリスクを下げる

Millerたちは実際に、この中央実行系の安静時機能的結合(CEN rsFC)と、個人ごとに異なるストレス耐性との関係を調査した。調査はシカゴの12〜14歳の青少年218人を対象に行われ、まず彼らは中央実行機能系の安静時機能的結合(CEN rsFC)が高いグループ、低いグループに分けられた(それぞれ、平均値よりも±1標準偏差以上離れている人々)。次に、各グループ内でみた時、住んでいる地域の犯罪発生率の高さが、ストレスや健康リスクにどう関わっているかが調べられた。
結果として、rsFCが低いグループでは、住環境の犯罪発生率が低ければ健康リスクも高くないが、住環境の犯罪発生率が高いと、健康リスクが高まった。一方でrsFCが高いグループの中では、住環境の犯罪発生率が高かろうが低かろうが、健康リスクは大差なく低かった。すなわち、本来住環境の危険度合いがストレスとなり健康を損ねるところを、rsFCが高い人々はストレスによる健康への悪影響を抑制できていたのである。

ストレス対策に、脳の結合を「鍛える」日は来るのか

今回紹介した研究は横断調査(同時に様々な属性の人を比較した調査)で、必ずしも「rsCENが高くなればストレスが減る」という個人内の変化を意味しない(さらに言えば、安静時機能的結合自体、まだまだ不明な点が多い脳活動である)。だが種々多様な脳刺激技術が登場する中、「ストレス耐性」という多くの人の悩みに関わるテーマは取り組みがいがある。多大なストレス社会の中で闇雲に「頑張ろう」と言われるよりは、「ちょっと前頭葉・頭頂葉を刺激しよう」と言われる……そんな社会がありえれば、筆者は迷わず脳刺激を選んでしまいそうだ。

References

Functional connectivity in central executive network protects youth against cardiometabolic risks linked with neighborhood violence.
G.E. Miller et al., 2018, PNAS