このことは、高齢になったときの会話の聞き取り能力の低下の予防や緩和に使えるかもしれない。
一方でその神経メカニズムはよく分かっていない。ここでは、神経メカニズムの解明に取り組んでいる研究を紹介する。

音楽家と非音楽家(一般の人)の聞き取り能力を比較した実験

音楽家15名と非音楽家15名が、MRIで脳活動をスキャンされながら、/ba/, /ma/, /da/, /ta/の音素をノイズに埋もれた中から聞き取る実験を行った。そのとき、ノイズレベルを様々に変えて(ノイズなし、SN比−12, −8, −4, 0, 8 dB)実験する。
この実験でも、様々なノイズ条件において、音楽家は非音楽家より常に成績が高いことが確認された。

以下では、この実験で計測した脳活動から、音楽家が非音楽家と比較しどのように脳活動が異なるかを分析する。

聞き取り能力において、音楽家が非音楽家より脳活動が大きい部位

音楽家と非音楽家の脳活動の差を分析すると、左のinferior frontal gyrus(l IFG), 右のinferior parietal lobule(r IPL)、右のsuperior/middle temporal gyri(r STG/MTG, 聴覚野)の活動が高かった。
また、l IFGとr STG/MTGの活動の度合いと、正答率との間には正の相関があった。

音素の脳内表現は、音楽家の方がノイズ耐性が強い

聴いた音素がどのような脳活動で表現されているか、音楽家と非音楽家の違いも分析した。

まず、ノイズなしのときを分析する。
非音楽家がノイズなしで音素を聴いたとき、4つの音素を弁別するために、posterior STG、postcentral gyrus(postCG)、planum temporale(PT)、supramarginal gyrus(SMG)、precentral gyrus(preCG)、pars opercularis(POp)、pars triangularis(PTr)が動員されていた。
音楽家の場合は、聴覚野と前運動野のより広い領域まで動員されていた。

ノイズを徐々に大きくすると、非音楽家では両側の聴覚野の活動からは弁別ができず、左の前運動野や体性感覚野の活動によって弁別していると分析された。また、ノイズを更に大きくなると、弁別のために使われていると考えられる領域がほとんどなくなった。
一方で音楽家はノイズに対して耐性があり、ノイズがある中でも聴覚野が弁別に動員されており、この実験で最も強いノイズのときでも左のpost CGとpreCGが関係していることが分かった。

音楽家と非音楽家とでは、聴覚野と前運動野の機能的結合が異なる

楽器の演奏をすることは、体を動かして楽器を鳴らし、その音を聴きながら弾き方を変えていくものなので、聴覚野と運動野が密接に関係していると考えられている。
そこで、聴覚野と運動野の機能的結合が、音楽家と非音楽家とで異なるか分析を分析した。
すると、音楽家は、非音楽家と比較して、左の聴覚野と左のdorsal premortor cortex(dPMC)・右のIFGとの機能的結合が、また右の聴覚野と右のIFG・左の一次運動野との機能的結合が強くなっていた。
また、このような機能的結合の強さと正答率とが正の相関していた。

聞き取り能力の低下の予防や緩和のために音楽の練習が役立つ可能性がある

以上から、音楽家はノイズに埋もれた音を聞き取る能力が高く、それは脳神経活動の活発さや、脳内における音の神経表現の精密さ、聴覚野と前運動野の機能的結合によると考えられる。
研究者は、この発見が年齢に伴う難聴の予防・治療に役立てられるのではないかと考えている。

References

Yi Du, Robert J. Zatorre. Cross-modal musical benefit of speech perception. Proceedings of the National Academy of Sciences Dec 2017, 114 (51) 13579-13584; DOI: 10.1073/pnas.1712223114